昨夜もベルソムラを飲んでぐっすり眠った。決して気分の良い目覚めではないけれど、どうしようもない不安や恐怖に苛まれるわけでもない。頭をよぎるのは娘のことくらいだろうか。
朝一番の手術なので、朝食や身支度など予定が立て込んでいる。準備を済ませ、病室のあるフロアからエコー検査のある5階へ向かった。指定された8時、左胸の部分切除をする場所について、検査技師と主治医の先生がエコーを見ながら最終的なマーキングをしてくれた。先週金曜日の事前準備もあり、先生は切除部位に関しては確信を持てたようで満足気な表情が印象的だった。では、手術室でのちほど言われ、先生は足早に立ち去った。医者もきっと緊張するんだろうなと思った。 特に、全摘はとっちゃえばいいけど部分切除がやっかいだそうだ。針生検や以前のエコー検査でも言われたことだが、私の乳腺の密集度合いや、病巣が脇腹との境界近くにあるという位置的な問題から、非常に見えにくいらしい。さらに病巣自体がかなり小さいため、「普通なら見つけられない」のだそうだ。自分の悪運の強さには、つくづく感謝したい。なので、念入りに場所の確認をしてくださったのだ。ありがたい、私ならめんどくさいといいそうなことである。
急ぎ足で8時半に一旦自室へ戻り、お迎えをまった。私は点滴もなにもないので、自分の足でてぶらで、担当の看護師さんと共に手術室フロアへ。医師や看護師専用のエレベーターでの移動は、入院も手術も初めての私には興味深い体験だった。他の手術患者さん——もちろん全員がん患者の方々だが——とエレベーターで一緒になり、到着したフロアには10人以上の「これから手術を受ける人」が待機していた。みなそれぞれ、不安や緊張がみてとれた。私だけが、お気軽にうけていて悪い気もしたが、私の場合、ちょっと違う心配の種がそうさせているだけで、心配事がないわけではないのだ。
受付を済ませ、8時45分に手術室の前へ。確か12番室だっただろうか、14番くらいまで部屋が並んでいるようだった。そこで、まだ20代前半だという病棟の若い看護師さんと、数分立ち話をした。彼女は私の様子を見て、「手術前でも雰囲気がすんとして変わりませんね」と言った。緊張で苦渋の表情の人や、逆に饒舌になっている人もいたが、私は極度の緊張もなく「来るべき時が来た」という感覚だった。ここまで来たら、あとは淡々と天命を待つしかない。これから自分がどうなるかよりも、「もう一度目を開けて意識が戻るのかどうか」という、少し変わったことが気になっていた。
主人の母が、一般的な心臓の手術をし順調におわったにもかかわらず、意識が戻らず数週間後に亡くなった。このことがあったのでいくら先生たちが万全を尽くしても、飛行機の墜落事故がたまに起こるような、残念な結果というのはありうる。今回の手術で私が心配していたのはこれ。標準的な手術で私個人に大きなリスクも無いけれど、わずか1%未満の残念なケースに当たらないか、結果、娘を一人にしてしまわないかそんなことが気になっていたのだ。一般的な心配とはかなり違い、正直がんどれぐらい悪いとかそういうことはあまり気にならず、痛いとか怖いとかそこも私のメインではなかった。
目を開けながらも、ある種の瞑想のように意識を集中し、手術室担当の看護師さんに呼ばれるのを待った。手術室前で最終的な部位確認を行い、中へ入る。病室担当の看護師さんとは「では、また後ほど」と挨拶を交わして別れた。「これが最後にならないといいな」という思いがふと頭をよぎる。 今、振り返ると笑えるが、本当に真剣に思ったのだ。
もう、まな板の上の鯉の気分。手術室は思ったより広く、スタッフの方も7〜8人はいただろうか。まずは脊椎への麻酔の準備が始まった。内心、これが一番ドキドキしていたかもしれない。「麻酔が効けば痛くないはず。つまり、麻酔を打つ瞬間が一番痛いはずだ」と考えていたからだ。事前の説明でも、術後の痛みコントロールのために管を通すと聞いていたので、さぞかし痛いだろうと戦々恐々としていた。
ところが、何のことはない。歯医者の麻酔の方がよっぽどチクっとするくらいだ。看護婦さんの腕に狂喜乱舞の気持ちだった。あっというまに処置が終わり、横向きから上向きへと体勢を戻した。「麻酔を入れていきますね」という一言を最後に、一瞬で意識はなくなった。5秒もカウントせずにブラックアウトした。
次は、「〇〇さん、〇〇さん」と私を呼ぶ声で意識が戻り目を開いた。

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