手術が終わってから生活サイクルが変わり、朝起きてからシャワーを浴びるのが習慣になっている。この日も最近のルーティン通りにお風呂のお湯はりボタンを押し、あれやこれやと雑用をしていた。ふと、湯沸かし器がいつもと違うことを喋っているのが聞こえたが、お風呂の栓を閉め忘れたなどの重大なエラーではなさそうだったので、気に留めず台所で用事を済ませていた。
ひと通り片付いてお風呂へ向かい、何も考えずに湯船に浸かると……「あれ、なんだか少しぬるい気がする」。 追い焚きでもするかとボタンを押すと、これまたいつもと違う音と雰囲気。普段なら追い焚きはほとんど音がせず温度だけが上がっていくのだが、なぜかお水が増えている。嫌な予感がしていると、案の定、追い焚きから勝手にお湯はりモードに切り替わってしまった。ああ、何かが壊れている。過去の経験から、最悪シャワーのお湯も出なくなることがあるので、瞬時に確認したが、幸いシャワーはいつも通りに使えた。ぬるいお湯に浸かっていても仕方がないので、体を洗いシャンプーを済ませて、湯船には浸からず上がった。
お腹の傷跡は、一箇所だけかさぶたが化膿してしまっていたが、ずいぶん良くなってきた。とはいえまだ注意が必要だ。薬をぬってテープを貼らないとお正月の二の舞になりそうだ。その部分以外は、傷跡をきれいにするテープを貼って様子を見ている。皮膚科でもらった「優しいテープ」は、どうも私には優しく感じられず気になって仕方がないのだが、先生がしきりに勧めるので、もう少し貼ったままにしてみようと思う。目の下のイボの跡もずいぶん元通りになってきた。まだ剥き出しにするのは気が引けるので、看護師さんに言われた通り保護用テープを貼っておく。しかし、あの渋谷の皮膚科はタイパとコスパがいい。もう自宅から車で1時間の皮膚科にはいけない。
お風呂から出て、すぐにガス屋さんに電話を入れた。状況を説明し、表示されているエラーコードを伝えて折り返しを待つ。てっきり電話が来ると思っていたら、顔なじみの担当のおじさんが直接やって来てくれた。こういうのは田舎のいいところ。今朝の冷え込みによる凍結で不具合が起きていると予測して駆けつけてくれたのだが、外から見た限り凍結はしていなかったようだ。浴室を見てもらい、リンナイのメンテナンス担当と電話でやり取りしてもらった結果、やはり部品の交換が必要だという予測。「お湯が張れないわけではないし、シャワーも使えるのでいつも通り使っていいですよ」と言われたが、ぬるいお湯に浸かるのは微妙な気持ちだ。お礼を言って引き取ってもらうと、すぐにメンテナンス担当から電話があり、連休明けに交換に来てくれることになった。あと3日の我慢で済みそうだ。とはいえ、やはり凍結の影響の可能性も捨てきれないので、連休中にもう一度試してみようと思う。雪深い田舎までせっかく来てもらって「いつの間にか直っていました」では目も当てられないから。
お風呂のトラブルに加え、終わったはずの作業の修正依頼が重なり、午後の打ち合わせ資料作りが全然進まない。ランチの時間を削って進めてみたが、やればやるほど確認事項が出てくる。ここでまた、いつもの反省が頭をもたげる。「少しだけでも先に手を付けておけば予測がつくことを、見積もり誤っている」。ああ、またやってしまった。
さらに窓の外を見ると、屋根雪が恐ろしい氷の塊になって窓の方へ巻き込んできている。あと30cmほどで窓に当たりそうだ。ここ数年の経験からおそらく大丈夫だとは思うが、緊張感が高まる。また雪が降りそうなので工務店に連絡してみたが、担当者は冬休み。諦めかけていたら、なんと社長自ら雪を切る道具を持ってやって来てくれた。慣れた手つきで屋根雪を落としてくれてホッとしたが、これも想定外に時間を取られ、打ち合わせに間に合わなくなりそうだった。半ばパニックになりかけたが、運良く打ち合わせ相手も忙しそうだったので、「時間を遅らせましょう」と提案してみた。お互い一息ついてから臨んだ打ち合わせ。こういう臨機応変さが出てきたことに、少し自分が大人になった気がする。もちろん、充分いい大人なのだが。準備万端で打ち合わせを済ませ、久しぶりの画面越しでの再会に世間話を添え、気心の知れた相手と大笑いした。今日一日のバタバタした緊張感が吹き飛んだ。笑いって、やっぱり大事だ。1日1笑をこころがけている。
仕事を手伝ってくれる仲間には、本当に感謝しかない。打ち合わせが無事に済んだことも嬉しいが、何より自分の仕事を一つ振り分けられたことで、肩の荷が降りた。今年の課題は「自分で抱え込まず、周りにどんどん投げること」。かつ「そのスピードを速くすること」。「次から投げよう」ではなく「今すぐ投げよう」に、どんどん変えていきたい。自分の作業時間を減らし、本質的にやりたいことや、やるべきことにリソースを振り分けなければ。
乳がんのステージ0から1。かなりの生存率で軽度だ。それでも乳がんであることには変わりなく、私の中にがん細胞がゼロになったわけではない。再発の可能性もゼロではない。だからこそ、時間の有限性を意識せざるを得ない。それは決して重く暗い気持ちではなく、むしろ「生きることへの前向きさ」が増したような、そんな感覚だ。

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