目覚ましなしで、予定の時間より30分早く目が覚めた。睡眠コントロールは割とうまくいっている気がする。本音を言えば「もう少し寝たいな」という感じだ、8時間睡眠を維持できたら最高。 ただ、今はあまり激しい運動ができない状況。年齢や更年期を考えると、8時間に近い睡眠が取れているのは、むしろ良い方なのかもしれない。眠りたいのに2時間も眠れなかった、あの地獄のような更年期真っ最中の日々を思えば、今は天国のようだ。予定より少し早く起きられたこともあり、仕事以外のアウトプットやブログの整理を朝のうちに済ませた。まだまだ下書きのままのトピックがたくさんある。なるべく早く言語化しておかないと、記憶からどんどん遠のいていってしまうのが怖い。 それでも、当時のメモを読み返すと、書いている以上のことを瞬時に思い出す場合がある。人間の脳というのは本当に不思議なものだ。
下腹部の傷は、今日もやはり気になる。張り感やピリピリするような神経の感覚があり、中の方で組織が頑張って修復しようとしているのを感じる。こうした体のサインを受け取ると、「ああ、自分はまだ術後の回復期にいるんだな」と再確認させられる。以前と同じペースでタスクをこなすのは、まだ無理なのだ。久しぶりに車に乗って外出をした。ほんの10分〜15分程度の距離で雑用を済ませただけだったが、帰宅するとそれなりの疲労感が出た。車の乗り降りの際にお腹の張りや違和感を感じるのは、相変わらずだ。動きはどうしてもゆっくりになるし、若干猫背にもなっているだろう。見栄えは良くないかもしれないが、これ以上お腹が伸びないのだから、今は仕方がない。
リビングの暖房は、主に薪ストーブを使っている。そのため、玄関横の薪置き場から2階まで薪を運ばなければならない。去年までは専用のバッグに薪を7〜8本詰め込み、一気に2階まで運んでいた。 今シーズンは到底そんなことはできないので、薪ストーブは諦めようかとも思っていた。しかし、あの暖かさは何物にも代えがたい。そこで、玄関の内側に一旦薪をストックする場所を設け、そこから2階へ「細切れに」運ぶことにした。1階から2階へ、一度に運ぶ量を1〜2本に減らす。そうすることで、手術後の体でも無理なく運べるようになった。術後2週間くらいまでは、軽めの薪を2本運ぶだけでも下腹に負荷を感じていたが、今は2本なら余裕だ。そろそろ3本いけるかもしれないが、ここで無理をして、せっかくくっついてきた組織を壊すのは忍びない。あえて2本ずつ運ぶようにしている。
これはある意味、「疑似老人体験」の賜物かもしれない。去年までは「年を取って薪が運べなくなったら、ここには住めない」と思っていた。けれど、今回の体験を経て、重いものが運べなくても「細切れに運ぶ」ことで、この家で暮らし続けられることが分かった。これは、かなりポジティブな大発見だ。 エアコンや床暖房はあまり好きではなく、薪ストーブの暖かさを知ってしまうと、なかなか手放せないのである。薪を運ぶ手間もかかるし、なかなか火がつかないこともある。ついたと思ったら煙が逆流して家中が煙だらけになることもあれば、灰の処理も欠かせない。冬の間、白い洋服は絶対に着られない。どうしたって、どこかに煤(すす)がつくからだ。 何かと面倒な薪ストーブだけれど、あの何とも言えない暖かさは本当にやめられない。暖房ひとつにこれほど執着する自分を、東京にいたころの私は想像できただろうか。
外出や急ぎの作業依頼が重なり、リハビリは2回しかできなかった。それでも、やれば体中に血が巡るのを感じる。動かしづらかった腕や脇腹あたりの可動域も広がる。やるまでは億劫だけれど、やった後の満足度が高く、本当にコスパの良いエクササイズだ。
食事は数日に一度、何品かをまとめて作って数日間同じものを食べるスタイルだ。食べたり飲んだりするのは好きだが、現実はそれ以外に時間を取られることが多く、一人きりの食事にそこまで凝ってはいられない。ただ、市販のお惣菜や、肉・魚ばかりに偏るのはこの年齢になると辛い。バランスよく食べられるものを数日分作ることで、手間を省略している。今日は久しぶりの料理の日。といっても手の込んだものではなく、冷凍庫にある材料を解凍して、簡単にスープ、サラダ、サーモンのホイル焼きを作った。スープとサラダは数回分使い回せるので、これらをベースに、自家製ラーメンや16穀米を組み合わせて、今週の食事は何とかなりそうだ。
ふとした瞬間に、お腹の傷の違和感や胸の突っ張りを感じて手術を思い出す。けれど、それ以外は忘れていることも多くなってきた。 SNSは功罪が大きいなと思う。特に検索したわけでもないのに、乳がん関連の記事や投稿がやたらと「おすすめ」に出てくる。便利さと同時に、少し恐ろしさも感じる今日この頃だ。

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